苺の思い出というと
ちょっとラブリーなことかな、と思いそうですが
現実は真逆で、とてもごついことでした。
それは私が30代の半ばの頃。
化粧品の店を手伝っていた夜のことでした。
私一人でお店にいた時、
体の大きな恐ろしい顔の男が来たのです。
その顔は陽に焼けてお酒を飲んで赤黒い大きな顔。
左目は殴られて腫れた目が半分潰れ、額に大きなたんこぶ。
右目は鋭く、威圧する目でした。
肩幅がひろくがっしりして
土木工事の作業着を着て、地下足袋を履いていました。
その男が低い声で「よお、化粧品のポスターくれよ。」
私は驚いたけれど言いました。
「化粧品を何か買って。買ってくれたら1枚あげる。」
「今、近くの飲み屋で飲んだから金はねぇんだよ。ポスターくれよ。」
「う~ん、でもね、1個でもいいから化粧品を買って♪」
その男は脅しのつもりなのか更に低い声でいいました。
「俺はつえーんだよ、美空ひばりの弟を知ってんだよ。」
私は引っ込まず、「へぇ~、すごいね、うんうん、そうなの?」
喧嘩に強いと言う割には怪我をしてるけど。
男は地下足袋を自慢し始め、「この地下足袋はな、皮でできてんだよ、たけーんだよ。」
「あー、高そうだね。」
いろんな自慢話をして、私は笑いながら聴いてあげました。
「だからよ、ポスターくれよ。」
「だめ♪明日お金を持って買いに来て♪。」
男は諦めて、「近くの飲み屋のねーちゃんは話なんか聞いてくれなくて、つんつんしてよ、あんたいい人だな。」
ポスターをあげないのになんか褒めてもらった。
翌日、
その男は昼間お店に入って来ました。
「よお、ねーちゃんよ、これ食べてくれよ。」
男は包みを私に差し出しました。
「あんた俺の話しをを聞いてくれたから、これ買ってきたんだ、じゃあな。」
ピンクの花柄の包装紙でピンクのリボンをかけた包みは
高そうな苺が2パック入っていました。
化粧品を買うことなく急いで去って行った人にポスターをあげることなく
私は驚いて見送りました。
苺物語り